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名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)132号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

静岡県

右代表者知事

山本敬三郎

右訴訟代理人

御宿和男

外三名

被控訴人(附帯控訴人)

張今順

右訴訟代理人

長屋誠

主文

本件控訴と附帯控訴とを棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決理由一、の(一)および(二)の(1)ないし(4)に判示するところは、左に付加訂正するほかは、当裁判所の判断と同一であるから、これをここに引用する。〈付加訂正省略〉

二次に、被控訴人の国家賠償法二条の請求について判断する。

1  〈証拠〉によれば、亡まり子および被控訴人はいずれも大韓民国の国籍を有する外国人であることが認められる。従つて被控訴人が亡まり子の母としてその主張の損害賠償につき国家賠償法の適用を受けるには、被控訴人の本国法である大韓民国の法律において、日本人が被害者となつた場合に、同国またはその公共団体に対しわが国の国家賠償法と同一または類似の損害賠償責任を問いうるとされていなければならない(同法六条)。

ところで、〈証拠〉によれば、一九六七年三月三日法律第一八九九号によつて制定公布された大韓民国の国家賠償法は、道路、河川その他公共の営造物の設置もしくは管理に瑕疵があるため、他人の財産に損害を生ぜしめたとき又は他人の生命もしくは身体を害したときは、国又は地方自治体がその損害を賠償する責任を負い(同法五条一項)、外国人が被害者である場合には、相互の保証があるときに限りこの法律は適用されることになつている(同法七条)。ただ同法三条、九条および同法施行令(一九六七年四月一三日大統領令第三〇〇五号、一九七〇年二月二五日大統領令第四六六四号)によると、同国の国家賠償制度は、審議会前置主義をとり、また賠償額を定額化しており、しかもその賠償額がわが国における現今の賠償額と比較していささか低額であり、わが国の国家賠償制度と右の点において差異がある。しかしながらかかる差異があつても国家賭償法六条の相互の保証があるときに該当するものと解するに何らの妨げとはならないから、被控訴人はわが国の国家賠償法により損害の賠償請求をなしうる者というべきである。

2  そこで、本件道路の設置、管理の瑕疵について判断する。

(1)  本件道路は、先に認定したとおり、浜名港内の東西約五〇八メートル、南北約一二八メートルの埋立岸壁に開設された幅員約一五メートル(中央の舗装部分が約九メートル、両側の未舗装部分が各約三メートル)全長約五五〇メートルの東西に走る直線道路であつて、港湾内のいわゆる岸壁道路であるため、その西端は、国道一号線と静岡県浜名郡新居町新居弁天方面とを結んで南北に通ずる一般道路と丁字型に接続し、この接続点が一般道路から本件道路に進入できる入口になつており、他方その東端は約三メートルの高低差をもつて浜名湖の湖面に接しているものであるところ、〈証拠〉によれば、本件道路の東端には駒止めなど直接転落を防止するための設備は何も設けられていなかつたことが認められる。

このように本件道路は東先端が転落防止の設備のないまま湖面に接しているものであるが、総体的に見て、その道路状況からすれば、昼間、本件道路を通行する車両の運転者にとつては、通常の注意を払えば亡まり子のようにこの道路東端から自車を乗入れても湖中に転落することもなく通行することが可能であつた。

しかし〈証拠〉に見るごとく、夜間、特に雨天の場合には全く事情を異にし、照明設備がないために本件道路の周辺は真暗になり、かつ湖の対岸にあるホテルの灯が本件道路の正面に浮ぶ関係から、右道路を東進する車両の運転者にとつては、湖面と道路の境目を見分けることが極めて困難であり、港湾関係者などのように本件道路の構造をあらかじめ知つている者は別として、そうではない一般の運転者は右道路が何処まで続いているのか判らない状態になり、西側の入口から約五五〇メートル先がよもや岸壁で駒止め等転落防止の設備なくして湖面に接しているとは予想し難いような情況と化し、転落する危険性も多分にあつた。現に、〈証拠〉によれば、本件より以前の昭和四四年三月二九日の夜にも同じ場所で本件事故と同様の車両転落事故が発生していることが窺知されるのである。

(2)  ところで控訴人は、先に認定したとおり、本件道路西端の入口両脇に「港湾関係者以外の立入を禁ず。静岡県」と螢光塗料で表示した横幅約1.90メートル、縦0.99メートルの白色の立入禁止標識を地上約二メートルの高さに設置し、右入口の本件道路中央部に横幅五メートル、高さ約0.89メートルの「通行止」と表示した移動式バリケード二基を設置し、また本件道路の東端から西方約一三〇メートルの地点に右同様の通行止移動式バリケード二基を設置し、その手前西方すなわち本件道路東端から西方約一四〇メートルの地点には、道路上に幅五〇センチメートルの白線を引き、その西側に隣接して約八五センチメートル角の大きさの白色文字で「通行止」と表示し、さらに右白線付近の本件道路上に高さ1.65メートルの車両進入禁止標識一基および四五センチメートル角の標示板に「前方海」と表記した高さ約二メートルの指示標識一基を設置し、前記入口のバリケード付近東方の本件道路上に高さ約1.65メートルの通行止標識一基を設置したのであるが、〈証拠〉を綜合すると、本件事故当時は、夜間で偶々雨天であつたところ、前記入口に設置されていた通行止バリケード二基のうち一基は倒れ、他の一基は入口南方の道路脇に寄せられており、また本件道路の東端から西方約一三〇メートルの地点に設置されていた通行止バリケード二基はいずれも道路脇に寄せられており、そして前記白線付近に設置されていた車両進入禁止標識および入口のバリケード東方に設置されていた通行止標識はいずれも倒れており、本件道路上は物理的には開放状態になつていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(3)  思うに、国家賠償法二条一項の「道路の設置又は管理に瑕疵があつた」とは、道路の開設または管理の不完全により、道路が道路として通常備えるべき安全性を欠いていたことをいうものと解するのが相当である。本件についてこれをみるに、前認定の事実によれば、本件道路は港湾内における車両の通行に供する道路であつて、昼間運転走行する限り誤つて転落するような危険性はないにしても、本件事故当時のごとく雨の夜に、本件道路を東進する運転者にとつては、誤つて湖中に転落する危険性が多分にあつたものであるところ、管理者の控訴人において右の危険に備えて設置した通行止バリケード、車両進入禁止標識および通行止標識は、本件事故当時いずれも道路脇に寄せられたり或いは倒れたりしておつてその用をなしておらず、本件道路は物理的には開放状態になつており、僅かに本件道路入口の両脇に設置した立入禁止標識と東端から約一四〇メートル手前の路面に表記した通行止の表示およびその付近に設置した「前方海」の指示標識のみによつて本件道路における通行の安全が図られていたにすぎなかつたのである。これでは本件道路における通行の安全を確保するうえにおいて管理者である控訴人の管理が安全ではなく、そのために道路として通常備えるべき安全性を欠いていたものというべきである。けだし、およそ車両の通行に供する道路である以上、車両が転落する危険性のある場所については、通常一般に標識によつて危険防止のため注意を促し、指示を与えるだけではなく、併せて防護柵或いはそれに替るべき安全施設の設置を要求されるものというべきであるからである。従つて本件道路についてはその管理に瑕疵があつたものといわなければならない。

控訴人は、本件道路は営造物である港湾の一部を構成しているものであるから、これが岸壁に通じ湖に接しているのは当然のことであつて、それに通行止バリケードを設置しなければならないというものではないとか、本件道路の入口において港湾関係者以外の者の立入を禁止していたのであるから、本件道路を含む港湾全体の設置および管理について瑕疵はなかつたとか主張するけれども、これらの主張は、〈証拠〉に見るごとく、本件道路の存在する埋立岸壁がドライブや車の練習に格好の場所であるうえ、四季を通じて釣もできるために、実際には一般の人や車両も相当に出入りしていること、および本件道路の危険性について敢えて目をつぶるものでとうてい容認できるものではない。

次に控訴人は、亡まり子は立入禁止の標識を無視しその危険を自ら負担するものとして港湾内に進入したものであるから、よつて発生した損害について控訴人には営造物に関する責任はないと主張するけれども、後記のとおり、右は前提事実を欠く主張であり、仮に主張の事実が亡まり子にあつたとしても、それは過失相殺の際考慮されるべき一事情にすぎないものであるから、控訴人の右主張はいずれにしても是認できないものである。なお営造物の安全性についての控訴人の所論は当裁判所の採用しないものである。

3  そして〈証拠〉によれば、本件事故当日、亡まり子は友人の浅見とも子、宮田春美と共に宮野真一の運転する普通乗用車(セリカSL、以下本件自動車という)に同乗し、遠州灘に近い今切海岸へ行つたところ、同所で右浅見から「まりちやん、持つてるじやん、やりなさいよ」と促されて本件自動車の運転をしてみる気になり、宮野と交替して同人ら三名の同乗する本件自動車を運転して今切海岸を出発し、新居弁天を経て前記の南北に通ずる一般道路を国道一号線方面に向けて進行し、本件道路の入口を経て国道一号線に入る手前まで行つたものの、運転未熟のために交通量の多い国道一号線での運転には恐怖を覚え、方向転換して本件道路の入口まで戻つて来たところ、進路の左側に所在する本件道路が前記のごとく開放状態になつていたのでこれに進入したのであるが、その際、本件道路入口の両脇付近には「港湾関係者以外の立入を禁ず。静岡県」と螢光塗料を使用して表示した前記立入禁止標識が設置されていたのにかかわらず、これを見落して本件道路に進入し、当時細い雨が降つており本件道路の周辺は暗くて、同乗者の宮野から「この先は暗いから気をつけるように」と注意されたにもかかわらず、湖面と道路との境が判らないまま時速三〇ないし四〇キロメートルの速度で運転走行し、途中の道路脇に設置されていた「前方海」の指示標識や路面上の通行止の表示にも気付かないで本件道路の東端から転落する直前に至り、後部坐席に同乗していた浅見が「道路がない」と叫び声を発するまで道路のないことに気付かず、制動、転把などの措置をとる暇もなく本件自動車もろとも浜名湖に乗り入れ転落してしまつたこと、なお亡まり子の運転技能は同乗している者が若干の不安さえ感ずる程に未熟であつたこと、以上のとおり認められる。

右認定の事実によれば、亡まり子は運転未熟であつたばかりか、本件道路入口で誰でも見落す筈はなかろうと思われる程大きい立入禁止標識を見落した点、本件道路に進入した直後同乗者の宮野より暗夜の危険性につき注意を受けたにもかかわらず、湖面と道路との境が判らないまま徐行もしなかつた点、さらには前方注視も著しく不十分であつた点において本件事故の発生につき重大な過失があつたことは明らかであるが、前叙の本件道路の管理の瑕疵もまた本件事故発生の一因をなしており、その間には相当因果関係があるものというべきである。

4  以上説示により、本件事故は、本件道路の管理に瑕疵があつたために発生したものといわざるをえないところ、本件道路を含む地方港湾浜名港の管理者である控訴人は、国家賠償法二条一項により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

5  進んで損害額について判断する。

(1)  亡まり子の逸失利益

〈証拠〉によれば、亡まり子は死亡当時満一八才の健康な女子であつて、豊橋市内の第一紅屋株式会社に勤務していた有職者で少なくとも一か月三万一、〇〇〇円(過去三か月分の平均値)の給与を得ていたこと、これに賞与も含めると亡まり子は年間四六万五、〇〇〇円の収入があつたものと認定できる。ところで亡まり子と同年令の女子の昭和四六年における平均余命が五八年余であることは当裁判所に顕著な事実であるから、亡まり子も本件事故に遭遇しなかつたならば、向後右平均余命くらいは生存し、その間少なくとも四五年は稼働し、毎年少なくとも右認定の額を下らない収入をあげたものと認めるのが相当である。右収入をあげるに必要な生活費をその五割とみてこれを控除したうえ、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して右逸失利益の本件事故当時における現価を算定すると五四〇万一、二〇七円となる。

465,000×0.5×23.231(ホフマン係数)=5,401,207円(1円未満切捨)

ところで、亡まり子および被控訴人が大韓民国の国籍を有する外国人であることは前叙のとおりであり、〈証拠〉によれば、亡まり子は死亡当時独身で子はなく、被控訴人がその母であつて父の盧村金市はすでに死亡していることが認められる。

法例二五条によれば、右の相続についての準拠法は被相続人である亡まり子の本国法即ち大韓民国の法律になるところ、同国民法一〇〇〇条によると被控訴人が亡まり子の直系尊属として前認定の逸失利益五四〇万一、二〇七円の損害賠償請求権を財産相続により承継取得したものであることが明らかである。

被控訴人は、亡まり子の逸失利益の算定に当つては同女と同年令の全産業女子労働者の平均年収を採用すべきである旨の主張をもしているのであるが、逸失利益の賠償として填補されるべき損害の本質を所得喪失と考えるか、稼働能力喪失と考えるか、そのいずれの見地に立つても現実に収益のある有職者の逸失利益の算定においてはこの現実の収益を無視することはできないのであるから、右主張は採用できない。

(2)  被控訴人の慰藉料

亡まり子が本件事故によつて不慮の死を遂げたことにより母である被控訴人が甚大な精神的損害を蒙つたことは本件弁論の全趣旨に徴し明らかである。その慰藉料は、本件事故が昭和四六年五月六日発生したものであること、その態様、前叙の亡まり子の過失等諸般の事情を綜合斟酌すると金六〇万円をもつて相当と認める。

(3)  葬儀費用

亡まり子は、先に認定したとおり、死亡当時満一八才の独身の女子であつて、豊橋市内の会社に勤務していた者であり、父とはすでに死別しており、〈証拠〉によれば、母である被控訴人が亡まり子の世帯主であつたことが認められ、以上の事実と弁論の全趣旨によれば、亡まり子の葬儀は被控訴人が執り行なつたものと推認されるところ、被控訴人がその葬儀費用として請求しうる金額は金三〇万円を相当と認める。

6  次に過失相殺について判断する。

本件事故の発生については、亡まり子に重大な過失があつたことは先に認定したとおりである。よつてこれを被害者側の過失として斟酌すると右5の(1)および(3)の損害額につきその八割の過失相殺を適用するのが相当である。そうすると控訴人が負担すべき額は前記認定5の(1)および(3)の損害額合計金五七〇万一、二〇七円の二割である金一一四万〇二四一円となる。

7  以上の次第で控訴人は被控訴人に対し一七四万〇、二四一円およびこれに対する本件事故発生の後である昭和四八年三月二四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴および附帯控訴はいずれも理由がなく失当であるから、民訴法三八四条一項に従いこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について同法九五条、八九条を適用し主文のとおり判決する。

(丸山武夫 杉山忠雄 高橋爽一郎)

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